私達が育ったのは、高度経済成長期の後半くらいで10代後半はバブル景気で、日本が元気な時代だった。
だから、モノを所有すること、モノを買うことがある意味ステイタスで、モノに囲まれているのが普通でもあった。
一方、親の世代は、思春期に戦争を経験していたり、食べ物がない・物がない時代を経験しているから、モノを捨てないし大切に使う。モノを大切に使うのはすばらしいことだし、そういう親を見て育つと受け継がれている習慣もあり、わたしもモノをかなり大切に使うので物持ちががいいほう=紙一重でモノへの執着がある、ということでもある。
モノにも意識があり、モノもエネルギーを発している。
エネルギーに敏感な体質だからそのことは昔から知っていたけど、改めて意識してみるとモノから発せられるエネルギーって大きなものだから、モノが在るのと無いのとではエネルギーの状態が変わってくる。
"自分と共鳴するモノ=大好きなものでもあり、意識レベルでつながっているモノ"だけに囲まれていたら、それは居心地がよいものだけど、「共鳴するモノ」は、自分の状態や背景によって変わってくるので、「昔は共鳴していたけど今は違うモノ」というものも出てくるわけで、定期的に自分の状態をチェックし、共鳴度をチェックて整理することがお片付けなのだと思う。
だから、モノを大切にすることと相反する行為ともいえることなのだが、モノにはエネルギーがあるからこそ、「そのモノが共鳴する場」に移動していただくこと=場所が変わる、所有者が変わることは、そのモノにとっても佳き事なのだろうなと最近感じるのだ。
不動産はモノとしてもエネルギーがとても大きい。土地のエネルギーがやはり大きいし、地磁気も含め、人体への影響もあるし人の氣へのかかわりも大きいから、友人のサイキックカウンセラーは「引っ越しこそ最大の開運行動」と言い切っていて、それはたしかにそうだと感じる。
とはいえ、生活環境をがらりと変えるわけでそんなに簡単にはできないものだ。
特に、長年住んでいるお部屋は慣れているのもあるし生活の一部になっているからそれを変えるのはよほどの気合が要ることだろう。
長年お住まいになられたご実家のご売却や移転にともなうお片付けについてご相談を受けることもあり、私自身諸事情で実家をたたまなければならなくて家財の整理(お恥ずかしながらかなりゴミ屋敷状態になってしまった一軒家)を経験しているからこそ、お伝えできることもあるなぁと、最近思います。
長年そこに在るモノの氣にやられて、手も足もでなくなってしまうこともある。
そんなに時には第三者のチカラを借りて、作業をしていく必要があることもある。
だからこそ、定期的に自分の状態を自分でチェックし、周りに在るモノたちとの共鳴度をチェックし、本当に必要なのか合っているのかを精査して、手放すものは手放していく作業をしていくと、モノと自分とのベストな関係性でエネルギーの交換ができるのだろうと思います。
そして、大切に扱われてきたモノは古くても輝いているし、意識のチカラがあるゆえに時代や流行りを超えるものだ。
共鳴しているモノを大切に扱い、モノの意識にリスペクトを持って扱っていくこと、その上で執着を手放すことは重要だと感じます。
それは不動産も一緒です。
といいつつ日々の生活に追われてなかなかモノと向き合ってないけれど、たまにそんな視点でお片付けをしていくことは必要だなぁと、残置物撤去の現場を見て感じました。
モノとの良いエネルギー交換をしていくことは、自分自身の状態をよくする上で必要な行為でもあり、開運行動でもあると実感もしています。
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